統合失調症やてんかんを持ちながらの子育て、その実態と日々感じること

統合失調症やてんかんを持ちながらの子育て、その実態と日々感じること

目次

私は統合失調症・てんかん・甲状腺機能低下症を持ちながら、毎日大変ながらも楽しく、育児や仕事に追われる日々です。統合失調症とのお付き合いは10年ほどになりますが、患った当時はこのような平穏な日々を送れるとは、思いもしませんでした。

持病を多数抱えて、婦人科疾患の手術歴もそれなりに増えてきた現状、ここ数年の子育てを少し振り返りたくなりました。というのは、振り返る余裕が生まれてきたので、思い出として書き残したくなったためです。また一方で、ここ最近、持病と共存しながらの妊活や出産、子育てに挑戦している方と話す機会が度々ありました。私の経験は一個人談でしかないのですが、もし病気を患ってこれからのことに不安を感じる方がいれば、届けばいいなあという思いから、書いてみようと思ったのもきっかけの一つです。

【前置き】妊娠希望の方は服薬や妊活等について、必ず主治医と相談を

まずは注意書きとして一つ。持病を抱えながらの子育てや家事などの日常生活は、平穏があってこそです。もしこの記事を読ん下さった方が前向きになってくださることがあれば、私も本望です。けれども、子供をさずかりたい一心で現在継続中の服薬の中断・減薬は、決してしないでください。必ず医師と相談の上、服薬の継続や調整をお願いいたします。

なぜこの注意書きを記したかというと、私は新婚時代に妊娠希望だったため自己判断で服薬を中止をしてしまい、その結果、統合失調症の陽性症状が再発した経験があるからです。医療保護入院を経て、主治医の精神科医や精神科看護師から「妊娠を希望しているのなら、計画的な妊娠をしてください」と真剣に伝えられました。図らずも私も夫も不妊治療の必要性があったので、かなり計画的な妊娠となっていましたが…また不妊治療に関しては詳しくどこかでかけたらいいですね。

さて本題からそれましたが、下記から、持病を抱えながらの子育ての(我が家の)実態に迫ります。

実態①薬は毎日欠かさず服用、時には頓服も必要

【前置き】でも記した通り、統合失調・てんかん・橋本病では毎日の服薬が欠かせません。毎日の服薬をしていても、子育てという私にとって荷の重いタスクを前にすると、ストレスなどから頓服を服用することも多々ありました。

特に、産後直後はホルモンバランスの乱れからか、幻聴が増えた時期もありました。妊娠後期から再発防止のために利用していた訪問看護師さんにも相談の上、精神科の主治医に頓服を処方してもらったこともあります。常用薬と合わせて、しばらく頓服を服用しているうちに幻聴は収まり、再発は防げたように思います。

また、後述しますが、出産直前の母の膠原病による長期入院、産後数ヶ月での夫の起業などからストレスが過多になったのか、産後涙が止まらないことが一度ありました。その時には訪問看護の救急の電話に連絡を入れて、急遽自宅にきてもらったこともあります。その時にもやはり頓服を飲んで、話を聞いてもらったりして事なきを得ました。あの時は本当に助けられました。本当にありがたいことです。

実態②乳児期は飼い猫より手がかかる非力な生き物

次に、子どもに関すること。

私は特に子どもが0歳の間は非情に思われるかもしれませんが「人間として非力すぎる状態で生まれすぎやろ…」とか「愛猫より手がかかるぞ…」とか「可愛いっていうか、生かさねば…」とかとかとか…今思えばかなり乱雑なことを思っていました。

可愛いという感情より「この人間として非力すぎる”生き物”を自己責任で(しかも不妊治療までして)産んだのだから、何とか生かさねば…」という、何というか…人間として法律を最低限尊守するために育てていた感覚があります。

新生児期や乳児期って、コミュニケーションの取り方が大体「泣く」だったんですよ、我が家はね。それ以外はミルク飲むか寝てるか機嫌良く遊んでるか。単刀直入にいうと、その”人”としてあまりにも未成熟な”生き物”が”人”としてコミュニケーションを取れるまで、まあ大体約2年はかかるわけです。(もちろん子や家庭による)

「子どもが赤ちゃん(乳児)の頃に戻りたいか?」と言われれば、少し迷いますが私は「いいえ」と答えるかもしれません。今でも、他の新生児が泣いている動画を見るだけで、少しソワソワします。「新生児の泣き声は小鳥のさえずりのよう」と語る方を見ては、母親適性が高い方なのだろうなあ…いいなあ…と羨望の眼差しを送ってしまいます。

そのくらい、乳児に対して私は「赤ちゃん」という認識を持てなかったのかもしれません。「乳児は人間として非力すぎる”生き物”」という、そんな感覚でした。

実態③幼児期は完全に一人の”人”である

一方、子どもを産んで数年経った今、子どもは完全に一人の”人”という感覚です。自我も意思も、喜怒哀楽の表現だってそれなりにできる。コミュニケーションも取れる。いつしかから子どもを「”人”になったなあ…」と感じることが増えました。

元々、5ヶ月だったか10ヶ月だったかの必須の検診で医師から「すでに泣きながら手を広げてママを求めてるね、ちゃんと意思を伝えようとしてるね」と言われていました。また、出産後の子どもとの1週間の入院生活で、助産師さんから「この子は眠いのもお腹減ったのも、全部泣いて主張している。この子自体は普通に育つと思うよ。だからお母さんしっかり!」と、3時間おきのミルクで疲れ切った私を見て、叱咤激励ももらうほどでした。元々そのように、医療者から見たら意思の明瞭な子なのでしょう。

きっと、私が子どもの意思を義務的に応答するだけの乳児期だったのです。ここまで書いて、もっと多少適当でも乳児期の育児を楽しんだらよかったな、そう思いました。

けれどもそんな義務的に応答するだけの乳児期を経て思うのは「ああ、子育って楽しい!」ようやくそう思えてきました。もちろん大変ですけれどもね。でも、小さい我が子と素直なコミュニケーションを取れる今、世界最高の唯一無二の幸せを感じます。

実態④持病があっても子育ての主体は、まだまだ結局ママ

とはいえ、子育ては大変かつ、子育ての主体ってまだまだママかと思います。持病があろうとなかろうと…です。

パパ(便宜上夫のことをパパと記します)もかなり育児に協力的ではあるものの、子育てにおけるちょっとしたことは全てママですよね。例えば保育園の連絡帳の記載、保育園の準備、定期接種ワクチンの確認や予約、定期検診の確認や日程調整など…ちょっとしたことだけど、子育てにおける外せないポイントはママが中心になっていることは珍しくないかと思います。

実態⑤共働きの実家のジジババに子育てを頼ろうとするべからず

今が子育て現役の世代は、ジジババ(ここも便宜上祖父母をジジババと記します)も共働きが多数いた世代だったんですよね。結論から言うと、子育てはママ中心なのに頼れる場所がかなり少ないんですよね〜〜!

また、うちのババが私の出産直前に膠原病で生死を彷徨い長期入院を繰り返していたことにより、ジジババはあまり頼れませんでした。そしてババは病状が安定すると職場にも復帰するような人ですし、もちろんジジも働いているしで、後述しますが夫は起業しだすしで、もう子どもの乳児期はともかく必死でした。

その時は、産後ケアやファミサポや訪問看護、一時預かり、公共福祉の使えるものは全て使いました。頼れるものがそこしかなかったので。「子どもには申し訳ないことしたなあ…」という反面「これらのおかげで統合失調症が再発せず、家庭を平穏に保てられた…」と思うこともあります。

私は保育園〜小学校時代まで専業主婦の祖母(私の子どもからすると曽祖母)に日中や降園後はずっと預けられていましたが、共働きのジジババは頼ろうとするべからず。お互い忙しいからね。

実態⑥パパが使えるようで使えない状況←これ一番つらいがち

先述しましたが、パパが子ども生まれて半年くらいで起業して数年で廃業しました。この約2年はやっぱり大変でした。

また、パパも乳児期の泣き声が苦手だったようで、若干育児ノイローゼぽくなっていた時期があり、出産前に約束していた「パパは育児に専念して、私は寝るに徹するね」という誓いは果たされませんでした。この約束の経緯は、統合失調症の主治医から「妊娠後より出産後のホルモンバランスが乱れて再発する人は珍しくないから、用心してください」と伝えられていたためです。

しかも起業するしね…。廃業するしね…。育児には積極的だったものの、乳児期に喧嘩はかなりしてました。

例えばママが育児部の主将だとしたら、やっぱりパパは副将という立ち位置でしょうか。レギュラーメンバーではあるんだけどね。そんな感じ。

育児に協力的な父親ほど産後うつ傾向があるのでは?

ここでパパのためにも少し補足したいのは、育児に積極的な父親ほど産後うつの傾向は、確かにあると思います。

泣き声に反応する、泣き声に対処する、その泣き声の原因も探る…ママもパパも初めての育児で”なんか非力で小さいやつ”を生かすために必死ですからね。ほっといたら死ぬって思うだけでも、しんどいものです。

泣き声をたくさん聞いているパパほど、産後うつの傾向は絶対ある。だってママでも原因不明の泣き声は、心臓がバクバクしますよ。特に夕陽が落ちてきた頃に泣く、黄昏泣き。あの時は毎日、夕陽が暮れるのが、少し怖かったです。懐かしいですね。

子育ては大変、それでも我が子を育てるのは愛しているから

子育てって大変なんですよね。「勝手に産んでおいて何を言うんじゃ」と思うでしょう。そう、私も子ども産むのって親都合だと思います。しかも我が家は不妊治療までしたしね。

でもね、最後に子どものために書かせてくださいね。子どもって可愛いですよ。愛しいです。生かさねばならないし、ずっと子どもの成長を見届けたいんですよ。子どもは私のこと愛しているかはわからないけれども、私は一番に愛しているのが我が子です。

これを子どもが大きくなって、何かにつまずいた時に、私が読めたらいいなと思います。私の誓いのまとめでもあるんですよね。

子育ては大変だけれども、後悔もつきものだけれども、楽しいですよ。私も後悔や改善を繰り返しながら、今後の子育ても一層楽しめたらなと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。またお会いしましょう。

綿まるみ

上部へスクロール